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アッコの海外日記

 

アッコの海外日記

アッコの海外日記
 
’07.07月22日アッコとの別れ

本人は日本への近々の帰国を話していましたが落馬、帰らぬ人となりました。合掌   犬飼守

’07.4月12日離婚と出会い

ジェイソンとの離婚/2回目の離婚/彼と私がつくった丸い円の中から/もっと広げたかったのに/私は小さな出口を見つけてしまった。希望の光、それとも誘惑の甘い香り/誘われて、もう一度だけ、とつぶやいて/安定した生活からの脱出/私の無謀な挑戦が始まった。

さよならジェイソン・・・私たちは抱き合って何度も泣いた。愛している今でも・・・人間として。でも行かなくちゃ行けないの、二人とも別々の道。11才年下の彼は、時には弟になり、父親にもなってくれた。それでも私の心はいつも違う方角をみてたから、二人は溶け合うことができなかった。

彼が本当の両親をみつけたときから、彼を愛そうとする努力の欠落。だって彼を愛する人々がもっとたくさんに増えて/私の存在は急にしぼんでしまった。ジェイソンの心の中のいくつもの部屋は満室になり、私の部屋は小さくなった。わがままな寂しがり屋の私は/いじけた子供のように、一人で石蹴りを始めてしまった。

一人遊びをしていたら、透明人間があらわれて/僕の心に色を付けてと/絵の具をいっぱい差し出した。私はおそるおそる赤い色を抜き取って彼のハートを塗りだした。ジェイ・・・・もう一人のJ/金曜日の夜に/友達に誘われてヨットのセーリング。ワイキキヨットクラブで出会った/金色の髪の/遠い昔の夢の中で私にささやいた彼。ハワイがくれたアロハの出会い。
   
’06.7月2日テキサス

ジェイソンとわたし、Macaroni glill という名のイタリアンレストラン、赤ワインを飲みながら、待っている、彼の細胞の源流の再会を、お父さん、Daddy、のっぺらぼうの父親の登場。 バーのカウンターで、わたし、横目で入り口をちらちらのぞく、初老の夫婦、次から次へと登場する。ちがう、彼の創造主のにおいがしない。ジェイソンを見る、あんがい平気な顔して、今にも歌でも歌いそうな幸せな顔してる、わたし一人どきどきしてるみたい。

「あきーこ??」後ろから声がした、時間が止まる、右に180度ゆっくりと振り返る。彼の歴史が1秒の中に凝縮されて、秘密の答えがたっている。トランプのキングみたいな立派な口ひげを生やした、ふとっちょの懐中時計を忍ばせた、ジェイソンの時間が立っている。隣には魔法の杖を持った栗毛のころころした、慈悲深い目をした修道女のような女性、涙が溢れて二人が4人になり、6人になった。

大きなLOVE がジェイソンのおへその中に注ぎ込まれて彼はBaby に戻った。
   
10月19日
昨夜は夜中にジョプリンという町に途中下車して短い睡眠を取り、昇る 朝日とともに3時間ひた走り、やっと着いたオクラホマ。印象は乾いた平野に突然現れた都市という感じ。アメリカインディアン達の本拠地だったのを、白人達 が追い出して・・彼らの土地をせしめたのでしょう。何だか、乾いた風がひゅるひゅると寂しく吹いています。

さあ、シャワーをすませ、クリーンな洋服に着替えいよいよ会いに行きます。ものすごくナーバス!ナーバスの最高潮!ホテルの部屋でウォッカを ひっかけたけ ど全然酔えません。途中、大きな花束を2つ買って幻の妹の家に向かいます。もうすぐ6時になるところですが空はまだ青々として太陽がこの平野の地平線に落 ちるまでまだ時間がかかりそうです

妹ローラの家。アダムスファミリーが住みそうな大き な三角屋根の大きな扉が開いて・・ジェイソンと同じ顔をした金髪の彼女が迎えてくれました。びっく り!!二人とも見つめ合って固まっている。。
だって、本当に似ているんです!奥の方から彼女のご主人カイルと3歳になる男の子ベントレーがハローって声を掛けるまで、空気と時間が止まって、映画のワ ンシーンみたい。。。二人は抱き合い無言のままです。
 
お母さん・・キッチンの方からお母さんスーザンがやってきます。この人もそっくり!!
そっくりさんが3人集まって何だか涙も出ない不思議な状況。感動の再会のはずなのに思わず吹き出しそうになりました。でも良かった。なんか幸せな気分がじ わじわと沸いてきて・・・ジェイソン良かったね!
38年間の長い間のクエスチョンの答えが目の前に現れて、抱きしめ合うことができて本当に良かった。

お母さんは古いアルバムをテーブルに広げルーツを語り始めました。彼にはアイルランドとオランダの血が入っているということ。セピア色の昔の写真からお母 さんの青春時代、今までの長い道のりを彼に話しています。そうして、彼の誕生の時の話にたったとき彼女は目にいっぱい涙を浮かべて・・。
あなたの生まれたての両足にキスしたのが最後だったわ。私はまだ19歳だったの・・と突然泣き崩れました。
あなたの誕生日が来る度に私は半狂乱になって何処に行ったの?私のBaby・・と、毎年泣き明かしてきたの。。私はふるえるお母さんの手を固く握りしめて どんなに苦しんできたのでしょう、と言いました。彼女は重度のアルコール中毒で、今は特別な薬を飲んで禁酒しているそうです。
 
Biological Parent(生みの親)との再会
玄関のチャイムが鳴って、若いハンサム君の登場です。
23歳のクリス。私の二人目の息子と同じ年です。彼もまたジェイソンの若いときにうり二つでお互いに似てるねーって笑いあっています。次のチャイムは誰でしょう?二人目の兄弟29歳のタッドです。彼は照れ笑いしながら「へい!元気ぃ?」同じ目で見つめ合ってる。何だか、妖精がみんなを取り巻いて祝福してるように幸せの香が漂ってきます。
もう一人、思いっきりドアをあけて入ってきたのが最後の妹のエミリー。クリスとは双子とのことですが全然似て無くて彼女だけ父親似だそうです。大きなテーブルで総勢9人の夕食会。私は誰が誰だか名前を覚えるだけでも大変です。
食事も終わりに近づいた頃。またチャイムが・・お母さんの妹ナンシー家族がどやどやと入ってきました。彼女は涙を拭き拭き、「奇跡が起きたわ!神様ありが とうございます。姉を苦しみから解放してくださって!」ジェイソンに抱きつきました。

アメリカは幾つかの州で宗教上、中絶が許されてません。そういうところでは妊娠したら産むしかないのです。
彼女の家も敬虔なカトリック教徒の上、厳格な父親の大反対で結婚はおろか育てることも断念させられたと言うことです。アメリカ人にとって養子を取る、養子 に出すことは別に驚くことではなく、合理的かつボランテェイアの精神でしょうか。。。しかしどちらが良いのか・・。お母さんに選ばれなかった子どもと選ば れた子供達・・彼の気持ちを思うと複雑です。
さあ、次はいよいよテキサスでお父さんとの再会が待ってます。読んでくださってる方たちお楽しみに!
ALOHA!  あきこ
 
10月18日
とうとう、その日がやってきた。夫、ジェイソンの生みの親がみつかった。イン ターネット上で、長い間、親探しをしていた彼にアクセスしてきたのは父親ちがいの幻の妹。彼女もまた3年前に母親から兄がいることを知らされ、ずっと探し てきた。すべての過去の条件が一致し、私たちは会うことを決意した。彼のふるさと・・・ミズーリ州、セントルイスを拠点に車で約8時間かかる道のりを私たちは出発した。
 
ルート44(昔は ルート66)と呼ばれる6車線の広い道路の両サイドには、秋色に色付き始めた美しい木々の群れが延々と続く。180度、大パノラマの真っ 青な大空。その空に突入するかの如くどんどん車が吸い込まれて行く。
景色は徐々に変わりいつの間にか辺り一面の牧草地。沢山の牛や馬が、このどこまで続くか分からない永遠の平野に点在する。所々にロールケーキのように丸め られた牧草の固まりが転がっている。Radioからは1970年~80年代のヒット曲が軽妙な語り口のDJによって流れている。
途中、ガスステーションに立ち寄り、サンドイッチやコーク、スナック類を買い、トイレ休憩をすませ、また果てしなく続く道路に戻り私たちはひたすら走る。

運転するジェイソンは、口の中に噛みタバコをいっぱいほうばり、私はペンを持ち、湧き出た思いを文字に変えようとお互い無言のドライブ。前に走る車も見え ないこの広大な道路を彼は黙々と運転する。私は彼に質問する「何処を見て走ってるの?」「前、前さ」・・と。ごもっとも、しかし前に有るのはまさしく地球 の表面にへばりついて消えていくように見える道路と大空だけです。
アメリカ人にとってのドライブとは、まさしくメディテーションの世界で、全てのことを考えるとき、もしくはなあんにも考えず、全ては空(くう emptiness)だと言うことを感じる時のようです。よって、私はこれから起こる奇跡の再会に向かうこの道を哲学の道と名付けたのです。
 
8月9日
私にはアメリカ人たちに侵略されたハワイアンたちの最後の砦がこ こハワイ島のよう な気がしてならない。オアフ島とくらべれば、まだ手付かずの自然も残るこの島のこころをこれ以上乱開発しないでほしいという気持ちと、時折見かける貧しい ハワイアン達にどうすれば援助ができるのか・・という気持ち。
日本人資本によるゴルフ場の数々、大型リゾートホテル郡の集まるコナ地域、倒されていく罪もないハワイの木々達・・人間の欲望は自然との共存という暗黙の ルールを無視して、自分勝手な満足をかなえるために無邪気に存在する清い生命達を奪っていく。

人はそこに欲望の対象がなければ、現実に満足しシンプルライフに異議を唱えるものもなく、世界中の破壊されていく自然達を尊いものとしていたわりながら暮 らしていくことが出来るのに。
 
’05.8月8日
私たちが住むオアフ 島から飛 行機で45分ほど飛んだところにあるハワイ州のメインアイランド。女神ペレが住むといわれるキラウエア火山は、いまだ海に向かって溶岩が流れている。5年 目にしてやっとハワイの神様に許されたのか、念願のハワイ島。

70年代のヒッピーたちがカリフォルニアから流れ着いてハワイ島の広大な自然のなかに点在しているという。ダイナミックな滝が島中の奥深い緑のなかに突然 あらわれる。地域によって温度差が著しくことなり、冬期にはスキーもできるといわれる山もある。
 
ワイルドな 自然にふさわしいステイをしようと、最初の二日間はグラノーラなひとたち(ベジタリアンかつ雑穀類を好む)が選ぶという座禅修行が組み込まれた 日系ハワイアンが経営する小さなペンション。テレビも電話もないこの宿のおそろしいほどの静寂と、早朝5時の鐘の音とともにはじまる座禅の時間。一時間の メディテーションはビギナーには冷や汗ものでたった一回で挫折です。。
 
東に位置す るヒロという町をあとにして、左回りのドライブで広大な牧場地帯をあとにして西に位置するコナという町にたどり着く。
今度は思いっきりゴージャスに大規模なリゾートホテルに3日間滞在。のんびり出来ると思ったのに、家族連れが多く、朝から大騒ぎの子供たちの歓声、部屋に こもってパソコンとテレビに逆戻り。
たまたま調べたバケーションレンタル情報で、今話題のチベット仏教の寺院が宿泊施設を経営していることを知り、最後の宿は思いっきり不思議なその名も Wood Valley Temple(ウッドバレーテンプル)。

島の真ん中から南の途中の奥深い森の中、突然、目にも鮮やかな赤と黄色のお寺が出現。お寺の周りには、沢山の小さな旗がパタパタと音を立てている。
 
ダライラマ法王も2 回訪問されたという美しいお寺、庭には色とりどりの怖いくらい大きな孔雀が歩き回っている。またとんでもなく静かな場所に来てしまったみたい・・・ごめんね、ジェイソン。
当然のよう にテレビもインターネットもなく、ときおり風に吹かれてウィンドチャイムがチベッタンな音を立てる。
遠くの方で野生のロバのいななきが聞こえる、共同のキッチンで他の宿泊者たち・・アラスカから来た中年のアメリカ人カップルと隠れるようにビールとワイン で乾杯した。音を立てないようにそうっと。

翌朝7時、ジェイソンは生まれて初めて、お寺の朝の勤行に参加した、日に焼けた、若いのか年寄りなのか分からない僧侶がえんじ色の袈裟を着て私たちを迎え てくれた。チベット語のお経と、時折鳴らすいろいろな種類の楽器、チベット仏教はにぎやかだ。
私以外のアメリカ人たちは、上手に床に座れなくてそれぞれ前に足を投げ出している、大きく開脚している金髪美人がいて驚いた。
一番それらしく仏教しているのは私だけで少し得意になった。

 ’04.3月14日
 
インドについて
昨年の十一月、インドに旅してから、私はおおよそ3ヶ月間くるしんだ。何度も書こうとするのに、どうしても書けない。
夢の中で、出会った出来事のように、とぎれとぎれの記憶が断片的に現れるように、私の頭の中でぐるぐると駆けめぐり、いつのまにか消えてしまう。まるで、誰にも伝えてはいけない秘密を固く約束したように、わたしは、混乱していた。
そして、今日、すべての記憶がよみがえり、私は書く。そうかと言って旅行記を書くつもりはない。わたしの感じたこと、それだけ。

半砂漠地帯のラジャスタン州、ジャィプールという都市に、私達はホノルル-成田-ニューデリーという長いフライトの末、とうとうたどりついた。私とジェイソンと彼の部下、インド人のゴロフ、そしてもう一人、ジェイソンの仕事のパートナー、ランド。
この地、ジャィプールで開かれるAsia advertisement festival(全アジアの広告フェステバル)に参加する為の初めてのインド旅 行。

空港に降り立った私達を迎えたのは、大人のような顔でくねくねと腰をまわし踊る幼い子供達と、甲高い歌声と、鳴り響くシンバルやラッパのけたたましい音の 洪水。
通路の両脇で、巨大な象が前足をおり曲げ、Welcomeのポーズをとる。その上に乗った美女達が真っ赤なバラの花びらを私達に投げかける。通路が見る間 に赤く染まる。
歓迎の人の群れにもみくちゃにされ、バラのむせかえるような匂いにもうろうとしながら、私達は日本の昭和初期頃にみられただろう、箱型の旧式のタクシー に、逃げるように乗り込みホテルに向かった。

窓の外、仰天の世界。らくだが人を乗せ、荷物をのせ、そこらじゅうを走る。豚の群が道端で残飯をあさっている。その隣で、深く腰をおろし、平然と排泄する老人。
猿が、突然目の前を横切る。そして、牛。この国の神様の使いとあがめられた、ラッキーな牛たち。
道の真ん中に居座っても、様々な、何かを運ぶ、物体の群れは、彼らを上手にかわし、のろのろと道を横切っても、まるで見えないバリアがはられているよう に、傷つくことがないことを、彼らは知っている。

壊れそうな自転車に乗った、どうしようもないほど、やせこけた、ちいさな男が、車 の古タイヤを山のように乗せて、よろよろと走る。
ラジャスタンの女達の、目の覚めるような、ピンクやオレンジやグリーンのサリーが、バイクの後ろで、ひらひらと、ひるがえる。
それをめがけて追いかけるように、車やバイクや、うすよごれたトラックや、動物たちが・・・・信号もない路上を、見えない秩序をたもちながら、けたたまし くクラクションを鳴らし、いななき・・・走る。
 
救いようのないほど の、貧しい人々が渋滞で止まった車めがけて、突然現れる。窓をたたき、あわれみの、ひとつかみをもらいに、精一杯の、悲しみを、顔一面にあらわして。はげしい河の流れのようなこの道路を、魔術師のように、みごとに横断するインドの男や女、子供や老人。
両足のない、杖をついた男が、おどろくべき知恵で、この河を、渡り切る。
弱肉強食の動物の世界と何ら変わりない人間の、動物たる本能が、この路上に再現され、そして私のたましいがどきどきと、鼓動をうち、おびえてる。

車の外の光景は、いまだかつて見たことのないようなサーカスのように、私を上 気させるけれども、その隙間にちらちらと、見え隠れする、ダンテの天国と地獄を、わたしは見過ごさない。
乾いた都市、ジャィプール。のどがかわく。心が乾く。貧乏な人々は、つかのまの、オアシスを見るために。
金持ちは永遠のオアシスに身をしずめるために。

9月27日    ドライブ

ハワイに帰ってから、久しぶりのドライブ。
ハイウェイにのって、行くところはやっぱり大好きなノースショア。シュノーケリングの穴場のシャークスコープで3時間ほど遊んだ。
今回はラッキーなことに海がめと遭遇!あまりの大きさにぎょっとしたけれど、ゆったりと泳ぐ姿はものすごく可愛い。一緒に泳げるなんて・・・幸せです。

3時間ほど遊んでから、ビーチロード沿いでビジネスする屋台というか、白いバンの「Giovani's orisinal white shrimp truck」でおいしいHot shrimpのプレートランチを食べる。
帰り道、カィルアビーチに立ち寄り、ウィンドサーフィンの群れを観賞。
それから、天国のビーチと呼ばれるラニカイ周辺の超豪華住宅地をためいきをつきながら見学。と、いうのも、私達が住んでいるユニットの契約が年末にきれる ので、次の住み家を本格的に探さなければならないから。

住みたいところが山のようにあるこのオアフ島での住宅探しは、ビーチの近くか、ジャングルの中か、山の上かふもとか、街 の中か・・・という選択肢(なんか、おおざっぱですが・・)の中から選ぶことから始まる。
私達が考えてるのは、コンドではなく、一軒家で、ビーチに歩いて行けて、買い物に便利で、山のビューも見えて・・・という(そんなとこ、あるかいな?)超 わがままな希望なので、そう簡単にはいかないでしょうね。これからの数ヶ月間は、毎週末ドライブして本当に住みたいところを探すことになるでしょう。
そうして念願の家が見つかったら・・
私の家族や、彼のファミリーを呼んでルアウ(ハワイの伝統的な大宴会のこと)に参加することが、私の夢。どうぞ、実現しますように。

※デジタルカメラを買いました。機械おんちなので、習得するのに時間かかると思いますが、ハワイの美しい自然と私達のく らし、おくりたいと思います。
   
9月15日   日本のこと

久しぶりに日本に帰った。
母と、姉(このホームページのオーナー、犬飼さんご一家)妹家族、そしてボストンから帰ってきた(無事、大学卒業!おめでとう!)長男のいる日本。

成田に着いた瞬間から、しなくてはならないことが頭の中をかけめぐる。(うれしくてるんるんのはずなのに?)
みんなと会えるのは、本当に楽しみ。でも、日本という国が、私を忙しさの中に連れ戻す。(やれやれ、ゆっくりするはずだったのに)
あれもしなしなくでは、これもしなくては、と、私の現実の時計が動き出す。(いままで、眠ってたからねえ)

2週間、たった二週間で家族みんなと会い、墓参りに行き、ショッピングに出かけ、ご飯を一緒に食べ、友だち達と飲みに行 き、日本に置きっぱなしになっている車の名義変更やら、保険のことやら・・・・・・・・どうしたって無理に決まってる。
スーパー過密スケジュールだ。そして、さらなる問題は、みなさん忙しくって、アポなし帰国はいつも、したいこと、会いたい人の半分もクリアせずに帰ること になる。(情けない・・)と、いうことで、私はいつも日本でてんてこまいする(まさしくその通り!)

そして、靴と化粧・・・この2つがてんてこまいにいらいらをプラスする。
まず、靴を履くことが窮屈だ。ハワイで、いつもサンダルの私の足はのびのびとして、確実に若返りして(なぜなら、以前より大きくなったから)いるはず。

そして、化粧・・ハワイでいつもほとんどすっぴんの私にとって、久しぶりの化粧は楽しいけれど、面倒くさいっていうのが 本音です。。。
だから、私は最後のほうになるともうへとへと・・・・・。
てんてこまいといらいらで、ホノルルに帰る日を心待ちするようになる。

8月2日   アストリア


先日、アストリアの花束を5ドルで買った。
形は細長いハート型で、真ん中にめしべが一本、象の鼻のようにさがっている。
プラスティックみたいにテカテカ光沢があって、いかにも南国の花らしい。
玄関やダイニングテーブルの上に飾っていたが、日を増すごとに毒々しい色になり、見るたびにいらいらしてくる。最近、夫婦げんかが多いのもこの花のせいだろうか。まるで、人の顔みたいにじっとこちらを見ている。
突然、気味悪くなり全部ごみ箱に捨てた。

ここハワイに咲く花は、照りつける太陽に対抗するかのように極彩色のダイナミックな花がほとんどだ。燃えるような赤やショッキングピンク、濃いオレンジなど・・・・ようするにケバい色が多い。
そして、それらは目に痛い。思わずまばたきしたくなるほど。目にやさしい色は、やはり四季のある国に咲く花でしょう。

そんなこと思うと、日本の薄紫のあじさいや、すみれや、オシロイバナなんか目に浮かぶ。
あー、もうそろそろタイムリミットがきたみたい。。。
ウルトラマンみたいに、胸のランプが点滅して、居酒屋や日本のテレビ(あたりまえでしょうが!)が待っている日本に「シュワッチ!!」って飛んでいきたい 気分です。
 
7月26日  ノースショアにて・・・Part.2
Beer Memory

きょうもまたビール。ここに来てから毎日、夕方になるとただぼうっと、このデッキチェアに座り、ビールを飲んでいる。
「西側に大量の水があると、お酒におぼれやすい」って風水で言ってたけど、まさにその通り。なんたって西側は全部、海だものね。

沈み行くサンセットを見ながらのビールは、格別で、ほろ酔い気分で聞く波の音は、子守唄にも似て・・・・・なーんて、 きょうもまた酔っぱらっている二人です。
つまみには、チップスとアボガドディップ。さっき、フィッシュマーケットで買ってきたアヒポキ(角切りのまぐろにスラシスオニオン、海藻、塩、しょうゆ、 ごま油であえたもの)も冷蔵庫でスタンバイしている。もう、最高にしあわせ!!のはずなのに、やっぱり2人だけっていうのは淋しい。
日本にいる姉や妹、それぞれの家族、そして母。ボストンの子供達。ジェイソン(夫の名前です)のファミリー・・・・
みんながこの場にいたら、もう神様にKissしたくなるほど、もっともっと幸せなんだろうなあ。

そんなこと考えていたら急に涙が溢れてきた。
彼に見られたくないので、そうっと、砂浜に向かう階段を降りて、一目散に走った。
そうして、夜の色に染まり始めた海に向かってみんなの名前を呼んだ。

なんだかやっぱり淋しいな。家族と離れて異国に住むということは。
しあわせを、家族と共有できないってことは、ほんとうにせつない。
ここ、ノースショア名物の有名なマツモトシェィブアイス(おいしいカキ氷)みんなに食べさせたいな。

家の方を振り返ると薄明かりのなかでジェイソンがぽつりと一人たたずみBeerを飲んでいた。

OBAKE Memory

AM2時半。
ここに来てから毎夜、同じ時刻に目がさめる。
真っ黒な室内でじっと目を凝らしていると、ぼんやりとすべての形が浮かび上がってくる。
あの青いカーテンが海の風をうけて、ひらひらとおどってる。
その隙間から見え隠れするパームツリーに目をやると・・・・・・ひとりの男がサーフボードを脇に抱え、たった今海からあがったかのように・・・・びしょ濡れの体で、砂浜からの階段を上がってきた。そして、その男はデッキにあがった瞬間にフッと消えた。
私は、もちろん驚いて、「おばけだあ!!」って叫びたかったけど、なぜか不思議と恐怖感はなく、その気は失せてそのままうつらうつらと眠りに入ってしまっ た。

翌日、彼にそのことを話すと、「No!No! I don’t believe ghost!!」ってもちろん否定。
だけど、彼も毎晩、寝苦しくて何度も目が覚める、とのこと。
ほらね!何かあると思っていたこの古い家。おばけが出ても不思議ではない。

実際、ハワイにはたくさんのOBAKE storyあるらしく、私は恐いもの見たさで興味しんしん。
ステイ中の1週間、何度か空振りはあったものの、三回、あのハンサムなサーファーおばけを見ることができたのは、ちょっと怖いけどラッキー体験だったのか もしれない。

Akiko
 
7月20日  ノースショアから・・・Part.1
ひさしぶりのバケーションに私達は、オアフ島、北に位置するノースショアを選んだ。
私達が住む南のアラモアナから車で約1時間。サーファー達のメッカ、ヒッピー達の隠れ家のノースショアに着く。
これまでも何度かドライブしたり、ホテルにステイしたことはあったが、今回は一軒家をレントすることにした。

冬になれば、あの世界的に有名なサーフィンコンペティションが行われるバンザイパイプラインのビーチハウスだ。
On The Beachだということで、オフシーズンの夏でも一泊、100ドルはする。(冬には倍以上に値段がはねあがる)

到着した私達を待っていたのは、今にも崩れそうな一軒家。「What's this??」 「 Oh' my god・・・」正直言って、がっかりした。頭に描いていたビーチハウスのイメージからほど遠い・・・・・。重い足どりでフロントドアを開ける。ターコイズブルーの地に黒い魚模様のカーテンが、部屋を青く染めている。
左手には、その部屋には不釣り合いな大きな皮のソファがふたつ。床は年季の入ったフローリングで、歩くとギシギシと音をたてる右手には、こじんまりとしたキッチンとバスルームが隣り合わせに見える。

リビングルームを抜けるとベッドルーム。
部屋のほとんどが大きな白い籐のベッドに支配されている。「ジャパーニーズサイズだね」「まあ、だけど It's OK! Cute house!」
彼はそういうけれど、私はいやな気がして仕方がない。いったい何年くらい経っているんだろう・・・・・・博物館になりそうなくらい古い家だ。

天井の梁には、Uの字に曲げられたワイヤーがいくつも掛かっている。多分、サーフボードを横にして吊す為のものだろう。

彼が、青いカーテンを開けた。「あっ!!」私達は、同時に声をあげた。
広いウッドデッキの向こうに揺れる大きな3本のパームツリー。そして、真っ白い砂浜と横たわる海が一瞬にして眼に飛び込んだ。「うわぁ!!」歓声をあげてデッキに転がり出た。
オン・ザ・ビーチってこういうことなんだ!
デッキチエアに飛び乗ってもう一度たしかめる。緑と青と白のせかい。そして、沈みかけた太陽が、きらきらと金色を振りまき一枚のポストカードを作ってい た。AKIKO

6月15日  ボストン便り、その2

本当に短いステイだった。
明日はいよいよHonoluluに帰る。
今日は近くのビーチにピクニックに行った。
おにぎりを沢山作って、鳥のからあげ、卵焼き、その他いろいろ・・。

離婚してからの7年間、私はこれが一番したかった事に気付く。
海の風に吹かれて、子供達とお弁当を食べていると、昔の、あの幸せの瞬間が蘇る。良かった・・・本当にボストンに来て良かった・・。

私の過去の清算が、今日のビーチで果たせたような気がする。
神様、ありがとう。

6月14日  ボストン便り、その1

私は今、息子達の暮らすボストンにいる。
先週末、Honoluluを経って2回のトランジットの最悪のフライト。
ミネアポリス→デトロイト→ボストンと、まるで拷問のようだった。

ふらふらの頭と体で空港に降り立った私を迎えてくれたのは、1年半振りの子供達。
疲れが一気に吹き飛ぶ。Hugしあって再会を喜ぶ。ああ、これが私の夢だった。
今年の一月からボストンに行かなくては・・会わなくては・・と思ってきたことがやっと実現した。
長男のドライブで(彼が運転できるようになったなんて、信じられない!大きくなったんだね!)アパートメントに向かう。途中、グロッサリーストアに立ち寄り、食材の調達。
どうやら、着いたらすぐにCookingさせられるみたい・・・。私の顔を見るなり「おれたち、お腹すいてるんだよね」だもんね。

彼らの住むアパートメントは緑に囲まれた可愛いレンガ造り。
西側のバルコニーからは木々の緑が顔をのぞかせ、乾いた冷たい空気が心地よい。
ボストンスタイルの三角屋根の家々が大きな空を背景に浮かび上がっている。

私は、ここでもチャント(自然への祈り)する。「ハワイから来たよ、よろしく」って。
そうすると木々はざわざわと揺らいで「まあ、ボストンをEnjoyしていきなさい」と、ちょっとすまして迎えてくれた。

6月6日
なんだかあっという間に終わってしまったこの戦争。
あまりにもあっけなくて何かがにおう。
もしかしたら、これって誰か世界を支配するほど大金持ちで気の狂った奴がプロデュースして、ブッシュ、フセイン、ウサマを主役にして作った映画だったりし て・・・なーんて思ってしまうのは、私だけなんだろうか?なんて不謹慎な!って声が聞こえてきそうだけど、この世の中、私達一般人には想像もつかないことが起きても不思議ではない。
   
4月5日
あの日以来、毎日朝から夜までニュース一色の我が家。何かにとらわれたように気になって仕方がない。
精神状態にも影響が出てきたような気がする。なんとなく憂うつで気が晴れない。
連日増えていく、負傷したり死んでいった兵士達やイラク国民の数を聞くたびに嫌な気分になる。

こちらのTVニュースでは、「勇気ある者たち」というコーナーが設けられ亡くなった兵士達の顔写真が映し出され、その家 族や友人達へのインタビューを介して彼らの人柄や経歴等を紹介し、「アメリカン・ヒーロー」として彼らの勇気ある死をたたえている。最後には「さような ら、勇気ある友人たち」というテロップが流れる。

「これって、あのSUISIDE BOMBERと同じじゃない!?」と、私が言うと「いや、違うよ。彼らはボランティアでやっているんだよ。SUICIDE BOMBERは賞金をもらっている。アメリカ兵は安い給料なのに命をかけている」

ボランティアと聞いて私は驚いた。
ボランティア-奉仕の精神。何だか彼らのイメージとちがうなあ。。。。。
「彼らは戦うことが好きなクレージーな奴らなんだよ。それに過酷なトレーニングや、特殊な教育によってもちろん洗脳されてるだろうし・・・」

「何だあ、好きでやっているんだ。じゃあ、死ぬのは本望だね」
「まあ、そういうことになるのかなあ」と、アメリカ人の夫は苦笑して「誰にもいうなよ」と言った。

今日もハワイは良い天気で、いつもどうりの真っ青な空と海が、遠い国での戦争のかけらも感じないかのように輝いている。
ALOHA!
AKIKO AYERS
   
3月18日
Showdown with SADDAM(サダム フセインとの決着)-連日、テレビで白熱しているイラクへのアタックがいよいよ始まる。今日は、ニュースチャンネルの右横にDEAD LINEと称して攻撃開始までのカウントダウンが現れた。
刻々とその時がリアルタイムで迫ってくる。画面上には最前線で出撃する兵士達の姿が映しだされている。まだあどけなさが残る彼らを見ていると悲しくなる。
本当に始めていいの?
これから沢山の人が死んでいくことを思うとやりきれなくなる。
テロのアラートもHIGHになった。もうのんびりとしてる場合じゃない。

ブッシュを支持しているはずの主人が「イラク国民の平和の為だと信じたい。でも本当に始めていいんだろうか?」とポツリ と言った。窓の外を見ると、パールハーバー付近から戦闘機が飛び立つのが見える。
ここはやはり、アメリカ合衆国ハワイ州なのだ。

眼下にみえるアラモアナ通りの両側に立ち並ぶパームツリーが山から吹き付ける風にしなり、その間にたてられたアメリカの 国旗がパタパタと音を立て激しくなびいている。明日3月19日、いったい何が起こるのだろうか?
Akiko Ayers

’03.2月27日  ALOHA バルコニーたより
この地、オアフ島ホノルルに移り住んでからもうすぐ2年になる。
2001年、アメリカ人の夫が事業を始める為に選んだのはアメリカ本土と日本の間に位置するハワイ。青い海と白い砂浜。フラダンスとエキゾチックな花々、 美味しい果物。
ハワイのイメージはいろいろあるけれど私達の一番の理由は自然に囲まれて暮らしたいということだ。そして一年中暖かいことも条件のひとつ。位置的にもお互 いフェアだし、
外国暮らしビギナーである私にとって不安のない所。日系人も沢山住んでいるし、日本人にとってもっともポピュラーな海外だ。夫は夫でアロハシャツとショー トパンツで仕事できることがなによりの幸せらしい。

引っ越した当初はワイキキのはずれのアラワイ運河沿いの小さなコンドミニアムに3ヶ月ステイしていたが、今はアラモアナ ショッピングセンターの隣りの高層コンドミニアムに暮らしている
私達の居住階はアラモアナビーチを眼下にみおろす11階。間取りは日本式にいうのなら2LDK。2つのベッドルームにはそれぞれバスルームがついており、 ゲストの多い我が家にはとても便利だ。キッチンはコンパクトだが機能的につくられており、壁一面の大きな窓からは正面に夜景のすばらしさで有名なタンタラ スの丘があるマキキの山々が広がり、刻々と変化する雲の流れと絶妙なコントラストを見せ、朝に夕に様々な表情を見せてくれる。時には大きな虹がかかること もあり、そんな時は調理の手を休めて、ついうっとりと見とれてしまう。
リビングルームとバルコニーは西側に位置していて、サンセットの特等席。一日の仕事を終えた太陽が海の彼方に落ちていくさまは本当にドラマチックで雄大。 沈んでから空は茜色、オレンジ色と変化し、様々な色がまざりあってそれはそれは美しいのひとことに尽きる。
私はそんな時、日本にいる家族を思い、ボストンで学生生活を送っている子供達を想い、時には涙を流しメランコリーに思い切り浸ったりするが、あまのじゃく でパーティ大好きな夫にとっては大好きな夜が始まるときでうれしくてわくわくするというから困ったものだ。

家にいる時には一日の大半をこのバルコニーで過ごす。朝起きたら沸かしたてのコーヒーを持ってバルコニーに直行。左手に は緑溢れるアラモアナパーク。パームツリーが所々点在し、ジョギングする人やテニスコートでプレイをする人たちが木々のあいまに見え隠れする。。公園の向 こうは真っ青な海。白い波にはサーファーの群れが漂い、豪華客船やヨットがその後方をよこぎる。
右手には私が毎日のように通う低層のショッピングエリアが見える。ワードセンター、ワードウエアセンター、ノードストラムラック(アウトレットのお店。靴 が特におすすめ!)新しく出来たゲームセンターや映画館の入ったビル。マルカイスーパーマーケット(日本の食糧品店。)そして、宝捜しのお店、ロス・ザ・ ドレス(大型ディスカウントショップ、衣料品、インテリア小物、おもちゃ等、なんでもあり)買い物の帰り道、必ず立ち寄るフレッシュジュース専門店、ジャ ンバ・ジュース(100%フレッシュフルーツジュースにいろいろな種類のビタミンを選んでミックス、わたしのお気に入りはベリー&マンゴジュースに女性用 ビタミンをブレンドしたものだ)
正面後方からは飛び立った飛行機が青空を横切るのが見える・・・・・・と、いうように我が家のバルコニーからの景色は自然と人工が対比して見事な調和を見 せている。
以前はジャングルと海しかなかったこの島の自然を破壊することなく上手く共存して美しいオアフ島を作り上げた人々にあらためて感心する。

そしてまたバルコニーは私の心の開放の場所でもある。だってこの景色!!刻々と変化する、そして毎日同じなんてありえな いこの景色を見ていると人の気持ちも変わってあたりまえ、吹きすさぶ嵐のようにこころが乱れることもある。しとしとと降る霧雨のように悲しい気持ちになる ことも否定せずに受け入れようと思うようになっていく。
ハワイにきてからの約2年の間、なれない地で、はじめての外国で暮らす私に悲しいときは泣きなさい、うれしいときは思い切り笑いなさい、と暖かく迎えてく れるこの景色に私は毎日のように感謝する。

と、いうようにわたしの一日はバルコニーで始まり、終わる。ハワイに暮らし、目にしたこと聞いたこと経験したことなどを 日本に住んでいる皆さんにこのバルコニーからお伝えしようと思ってます。楽しみにしていてくださいね!

ALOHA!    Akiko Ayers
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